奥入瀬川に架かる幸運橋を百石側から望む。対岸は八戸市市川町高屋敷地区。1886年(明治19年)に木橋として架設されるまでは渡し舟で往来していた。
幸運橋袂に建つおいらせ病院。沿革は1923年(大正11年)開設の百石村立医院まで遡ることができる。合併により百石病院から改称。
幸運橋から一丁目。百石の銘酒・桃川の塔屋が出迎える。
「上明堂」交差点から東に伸びる通り。
手前が二丁目、信号奥が一丁目。
「百石中央」バス停と三丁目。
「けんしんよう」百石支店。1957年(昭和32年)に三沢信用組合百石出張所として開設。2023年(令和5年)に三沢支店へ統合され、現在は出張所。
金融機関の広告の入ったベンチ。年季の入ったいで立ち。
県信組手前を西に入った小路。小さな歓楽街。
三丁目と「百石」交差点。町のど真ん中の辻。
三丁目から振り返って県信組方面。桃川の塔屋がアイストップ。百石タクシーの看板上には旧百石町章が見える。
「百石」交差点角にある。現在は青森みちのく銀行百石支店。1920年(大正9年)に五戸銀行百石支店として開設。1953年(昭和28年)の大火で全焼し、三丁目から移転してきた。百石町の指定金融機関だった。
人類みなおいらせ町をあいしていますよ。
「百石」交差点から四丁目。北進し「苗振谷地」交差点に出る。
「百石」交差点から西へ向かう通り。町役場分庁舎とユニバース百石店の前を通る。
東公民館前から南を向き中央町方面。
中央公園の前にある。1875年(明治5年)開局。おいらせ町内全域と八戸市内一部地区の集配業務を担う。
旧百石町役場。本庁は下田に置かれたので、現在は分庁舎となっている。近い将来、イオンモール隣接地へおいらせ病院とともに新築移転し、この庁舎も役目を終える。
何やら書き込みの多い定礎。なるほど、この庁舎は八戸飛行場の騒音に関係した交付金を利用して建てられたのだという。幸運橋が永久橋に架け替えられた理由も、三沢基地へ進駐米軍が重量器材を運搬するルート上にあったということだったから、ここ百石はミリタリー恩恵に地味に浴している。