十丁目バス停。稲生町の北端部で、稲生橋のすぐ南。
奥州街道に面した神社。もともと元村の産土神だった千歳森稲荷大明神を慶応元(1865)年に現在地に勧請したもの。旧郷社。
八丁目バス停付近。アーケードが見えてきた。
アーケード内。空から降るものがある時はありがたみが大きくなる。
マクドナルド102十和田店。数年前まで北郊のバイパス分岐点にあったマックが中心街に回帰してきた。バス交通の拠点である「まちなか交通広場」に隣接している。
「稲生町」交差点。左の建物が青森みちのく銀行十和田支店、右奥に伸びていくのが官庁街通り。奥州街道(旧4号)と官庁街通りの交点にあたる交差点で、現代三本木市街地の札の辻と言ってもいいだろう。
アーケード内。
稲生町の中心部から北を向く(稲生橋方面)。少しずつ撤去がなされ、アーケードは歯抜けになっている。
二丁目歩道橋から北を向く。まちの発展に合わせて伸びていった稲生町のアーケードは、昭和40年代には「東北一」とも称されるほどに連なっていたという。現在残っているものは平成初頭に4~8丁目の商店街に整備されたもので、1~3丁目はそのタイミングで撤去を選択している。
二丁目歩道橋から南。稲生町の南端部にあたり、十和田外科内科のあたりから先は穂並町になる。
相坂歩道橋から北向き。稲生町の南に続く町で、1964(昭和39)年に住居表示により起立。
歩道橋から南方面。マックスバリュ十和田南店、スーパーシティアサヒほか店が集まる。
「稲生町」交差点から西に伸びる十和田市のシンボルロード。「日本の道百選」に選定されている。かつての軍馬補充部三本木支部の開放地に建設された近代的官庁街で、内側に松、その外側に桜の並木が囲む。
2008(平成20)年開館。今となっては十和田といえば、みたいな代表格の施設のなっている。
国の合同庁舎。
手前が別館(旧新館)。見えにくいが、奥に2019(令和元)年にできた本館がある。
桜の時期はこんな感じでにぎわう。
奥の塔は東北電力。
市役所向かい、中央公園との間の広場。シンボリックな馬蹄型のオブジェは印象的。
市役所に隣接。上十三地域の基幹病院で、この本館は2008(平成20)年に完成した。
市民図書館前にある石碑。「旧陸軍軍馬補充部三本木支部跡」と刻まれている。戦前は三本木馬産の中核として町の経済を支え、戦後広大な用地は近代都市建設のために利用された。三本木、十和田のまちづくりにおいて決して欠かすことのできない存在の証。
通りを歩くとところどころに建つ像。馬の記憶は確かに染みついている。
ミニ奥入瀬渓流(?)
稲生町交差点から東には歓楽街が広がる。北里大学前に抜ける大学通りの西口。
橙緑街灯が残る北の歓楽街。
レトロな演出の一角。
稲生町の東裏通り。
稲之助通りからさんば横丁に抜ける小路。
大学通りと産馬通りを結ぶ横丁。
スーパーホテル角から太素塚に至る産馬通り。稲生町方面を向く。
太素塚方面を向く。
稲生橋から北向き。奥州街道と稲生川の交点に架かる橋。万延元(1860)年、開拓の視察に訪れた第14代盛岡藩主南部利剛の命名による。
稲生橋から東向き。水を湛えた穏やかな稲生川。
稲生川の北側にあるSC。2006(平成18)年開業。筆者のなかではホーマックとケーズ、思い出のワンダーグー。1985(昭和60)年に十和田市駅が三沢寄りへ移転し、翌年に貨物取扱を廃止するまで、この土地には十和田観光電鉄の駅・社屋が建っていた。
元町SC西側、奥州街道を北向き。